[読書メモ]『シャーロック・ホームズガス燈に浮かぶその生涯』

p12
「シャーロツク」という名は、古いアングロサクソン語〔古代英語で「金髪の」あるいは、「輝く」という意味であるが、実際シャーロックは、母親似であった。

p47
いちばん重要なものとしては、『灰による各種タバコの鑑別法に関して――百四十種類の葉巻タバコ、シガレット、パイプタバコの灰の分析(図入り)――」という論文がある。ホームズはこの論文を非常に誇りにしていたことは明らかである。それというのも、ホームズが話の中で何回も触れているとワトスンが引用しているのは、他の数多くの論文の中でこれ一つだけだからである[...]。

p88
ホームズやワトソンの時代にはベイカー街の番地は八五で終わっていたので、実際の二二一番地がどこにあたるのかという問題ほどホームズ研究家を悩ませるものはない。

p123
書きづらいことだが、このジョン・オープンショーという若者は、シャーロック・ホームズヘ依頼に来てから殺されてしまったただ二人のうちの一人である[...]。

p130
ホームズの時代のシンプスンはレストランとして有名だっただけでなく、アマチュアのチェス・プレイヤーの集会所としても有名だった。

p177
「ぼくは頭を働かせることなしには生きていけないんだ。ほかにどんな人生の楽しみがあるって言うんだい。自分の才能を使わずにただしまっておくだけなんて、そんなつまらぬことはないだろう、ワトスン。

p221
その魅力たっぶりの妹ベーリルに会った。

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